第12回教育会の寄付で発足した市立図書館

たかさき100年第12回写真 明治43年ごろの高崎図書館

県内の図書館の始まりは、明治33年(1900)5月、教職員の研修団体であった上野教育会が前橋市曲輪町(現大手町)に設置した付属図書館でした。このころになって各地で図書館設立の気運が高まり、特に日露戦争を契機に戦勝記念図書館が造られるようになりました。市内でも上野日々新聞内に「征露記念高崎図書館創立事務所」という小さな図書館が置かれました。設立者の豊国義孝によれば、「出征した兵隊が凱旋した時には、慰労の意味で休日には図書でも読ませたい」ということが主眼でした。

明治30年(1897)から図書館設立の準備を進めていた竜見町の深井小五郎などが、明治40年(1907)1月6日、宮元町2番地(現東京電力)、当時の高崎中央尋常高等小学校敷地内に、洋風瓦葺き2階建ての建物を新築、「私立高崎図書館」を開館しました。1月10日には文部大臣牧野伸顕あてに、図書館を開館した旨開申書を提出しました。

この図書館とは別に、明治42年(1909)7月15日、高崎市教育会(会長=内田信保市長)の評議会でも新しい図書館の設立を議決しました。明治43年(1910)2月、高崎市教育会と市内青年実業家の団体である同気茶話会、また、市民の有志は、明治33年(1900)まで群馬県立高等女学校の仮校舎として使われていた春靄館を、図書館として利用するため、市から無償貸与を受けました。

明治43年(1910)9月20日から11月15日まで、前橋市で1府14県の連合共進会が開催されましたが、高崎市では、これと並行して中央尋常高等小学校を会場とした「群馬県教育品展覧会」という大きなイベントが開催されました。これを契機として同年9月26日、旧春靄館を転用し「私立高崎図書館」として開館、11月に群馬県知事を迎え開館式を行いました。

この「私立高崎図書館」は、毎年1,000円程度の市内有志からの寄付により運営していましたが、市民の要求には十分にこたえられませんでした。大正8年(1919)3月、高崎市教育会が設備や図書のすべてを市に寄付したため、同年8月1日、高崎市立図書館として発足しました。

周辺の郡部では、明治40年(1907)4月に新高尾村、41年1月に塚沢村、4月に京ケ島村にそれぞれ日露戦勝記念文庫が、また、明治42年2月には豊岡同窓会図書館が、いずれも小学校内に設けられました。

(鈴木重行)

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