第86回高崎市の下水処理とごみ処理

たかさき100年第86回写真 高浜クリーンセンター

高崎市の下水道事業は、昭和2年(1927)10月事業認可を受け翌年工事に着手、戦争による中断の後、昭和27年には処理場建設を開始しました。昭和32年6月、全国で9番目となる城南下水処理場が運転を開始、水洗化の第一歩を踏み出しました。その後の人口増加や市域の拡大による処理水量の増加に対応するため、昭和48年から工事を進めていた阿久津下水処理場が、昭和56年に運転を開始しました。また県が玉村町に建設していた高崎市など19市町村を対象とする利根川上流流域下水道(県央処理区)が昭和62年に運転を始めました。

平成10年度の処理水量は、城南水処理センターが1,350万立方メートル、阿久津水処理センターが1,260万立方メートル、県央処理区の高崎市分の処理量は798万立方メートルになっています。高崎市では現在、城南水処理センターの老朽化に対応するため、平成9年度から阿久津水処理センターの増設工事を行っています。

処理施設の充実とともに、排出される汚水の水質向上を図ることで、処理場の負担も軽減され、清流を保全する大きな力にもなります。

一方ごみ処理事業は、昭和2年、乗附町にごみ焼却場を設置、その後、昭和41年に本格的な清掃工場を和田多中町に建設しました。

昭和47年、高崎市と榛名町・群馬町・箕郷町・倉渕村で構成する「高崎市ほか4町村衛生施設組合」が和田多中町に新清掃工場を設置し広域的なごみ処理を開始しました。

高度経済成長期以降の「豊かな社会」は、ごみの激増をもたらしました。昭和52年、高崎市では「有価物集団回収事業実施要綱」を制定し、市民と行政によるごみの減量や資源の再利用に取り組み始めました。このような状況下にあった昭和61年、「衛生施設組合」は高浜クリーンセンターの建設に着手、昭和63年3月、可燃ごみ焼却施設が稼働を開始しました。さらに、同年11月には粗大ごみ処理施設も完成しました。

また平成10年4月、資源の再利用を支える本格的な施設として、「高浜リサイクルセンター」が完成しました。その結果、増え続けていた高浜クリーンセンターの可燃ごみ処理量が、平成10年度には前年度を4.4%も下回りました。このことは、21世紀の課題とされる資源循環型社会に移行するための第一歩といえるでしょう。

(金井 千廣)

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