観音山古墳

高崎市にある指定文化財 国指定

上空から見た観音山古墳

三人童女の埴輪

銅製水瓶 (石室出土)

観音山古墳は墳丘全長が97メートルの前方後円墳で、6世紀後半に造られたと推定されています。昭和42(1967)年から43(1968)年にかけて群馬県教育委員会によって発掘調査がおこなわれました。

その結果、2段築成で、後円部に対して前方部が若干大きいこと(後円部径61メートル、前方部幅63.2メートル)、葺石がないこと、周堀は平面が盾形で外堀は後円部のところで途切れていることなどが明らかになりました。

観音山古墳で注目されるのは、墳丘上に並べられていた埴輪、横穴式石室とそこから出土した副葬品です。

埴輪は円筒埴輪をはじめ、人物・馬・家・盾など多くの形象埴輪が確認されました。横穴式石室の入口近くからみつかった、三人の巫女が並んで座っている埴輪(三人童女)などは、非常に珍しいものです。

横穴式石室の玄室は群馬県内では最大規模で、欽明天皇陵とされている五条野(見瀬)丸山古墳(奈良県橿原市)の玄室と同じ平面規模があります(高さは1/2)。このことから、観音山古墳の被葬者は、東国屈指の豪族であったと考えられます。

横穴式石室は盗掘されていなかったことから、非常に豪華な副葬品が確認されました。副葬品は中国や朝鮮半島とのかかわりがあるものが多く、観音山古墳の被葬者の国際的な性格を示すものとして注目されます。副葬品等の出土品は、群馬県綿貫観音山古墳出土品として国の重要文化財に指定されています(国:文化庁所有)。

なお、観音山古墳は、群馬県教育委員会により史跡整備がおこなわれ、昭和56年には県内初の史跡公園として公開されました。 出土品の一部は、群馬県立歴史博物館に展示されています。

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