榛名神社

榛名神社の名は延長5年(927)に完成した『延喜式神名帳』という、全国の主要な神社の名を書き記した記録の中に「上野十二社」の一つとして載っています。 この記録に載っている神社は「式内社」と呼ばれ、この当時すでに格式の高い神社であったことがうかがえます。また9世紀ころのものと考えられる寺院跡の遺跡「榛名神社巌山遺跡」も境内から見つかっていて、古くから厚い信仰を集めていたことがうかがえます。 戦国時代には衰退しますが、江戸時代に入り、天海僧正により復興され、慶長19年(1614)、「上野国天台宗榛名山巌殿寺法度之事」が出され、以降寛永寺の支配下におかれました。 そして、その後、榛名神社信仰は「榛名講」として広がり、18世紀前半に神楽も再興されたと伝えられています。神楽殿で年3回(2月15日・5月5日・5月8日)「神代神楽(じんだいかぐら)が奉納されます。 明治維新直前の慶応4年3月の神仏分離令にはじまる、一連の仏教と神道分離の動きの中で、堂塔や仏像、仏具など仏教色が一掃され、現在に至っています。 多くの貴重な文化財があり、国指定重要文化財として「社殿(本社・弊殿・拝殿)」をはじめとする6棟の建物、国指定天然記念物として「矢立スギ」、県指定重要文化財として「鉄燈籠」「関流算額」「榛名神社文書」、県指定重要無形民俗文化財として「神代神楽」が指定されています。市指定文化財も多く、見どころがいっぱいあります。 参道には国登録有形文化財の宿坊が並び、独特の風景を残しています。初詣を始め訪れる参拝客、観光客も多く、榛名湖と並び、県下有数の観光ポイントとなっています。

榛名神社の建造物6棟

榛名神社の本社・幣殿・拝殿(国指定重要文化財)

榛名神社の本社

本社・幣殿・拝殿は文化3年(1806)に建てられた権現造の建物で、御姿岩の前面に接して建てられた他に例を見ない珍しい建造物です。御姿岩内の洞窟を神聖な本殿として御神体が祀られています。建物は朱と黒を基調として要所に金箔や多彩な彩色が施され、左右の脇障子の「竹林の七賢人」や司馬温公の図など数多くの彫刻で飾られ、天井には天井画が画かれています。

榛名神社の国祖社・額殿(国指定重要文化財)

榛名神社の国祖社

国祖社・額殿は榛名神社の本社・幣殿・拝殿に向かって左側に、建てられた建物です。慶長年間(1600年頃)に建てられた国祖社と文化11年(1814)に国祖社側面に増築する形で建てられた額殿があります。基礎は本社・幣殿・拝殿と同じ高さにつくられ、入母屋造で向拝や欄間の彫刻がみられるが全体的に装飾は控えめになっています。 国祖社は神仏分離以前には本地堂と呼ばれ本地仏の勝軍地蔵が祀られていました。 額殿はもともと神楽拝見所として建てられ、榛名神社太々神楽講の人々が参拝に訪れ、神代神楽が奏上されるときに桟敷を敷いて神楽を見るところです。建物内外に大小の太々神楽の奉納額が掲げられていることから額殿と呼ばれています。

榛名神社の神楽殿(国指定重要文化財)

榛名神社の神楽殿

神楽殿は榛名神社の本社・幣殿・拝殿と向かい合う位置に、明和元年(1764)に再建された建物です。神楽を本殿の神様に向かって奏上するために、舞台の床の高さは本社の床の高さにあわせてつくられています。床は板張りで三方向を吹放ちとして、格天井には花鳥獣や神楽面などが天井画として画かれています。

榛名神社の双龍門(国指定重要文化財)

榛名神社の双龍門

双龍門は榛名神社の本社・幣殿・拝殿から一段下りた石段の途中に、安政2年(1855)に建てられた四脚門です。総ケヤキ造で全体に彫刻が施された高い装飾性をもつ建物です。彫刻や彩色画などに龍が多く取り入れられていることから双龍門と呼ばれています。天井には水戸藩主徳川斎昭公が宋の哲宋皇帝勅製の墨を下賜した墨で上り竜、下り竜が画かれています。

榛名神社の神幸殿(国指定重要文化財)

榛名神社の神幸殿

神幸殿は榛名神社の矢立スギから石段を登った左側に、安政6年(1859)に建てられた建物です。境内の建物の中ではもっとも簡素な形式を持ち、塗装は施されておらず、古式の仏堂の形式を踏襲しています。毎年春の大祭(5月8日~15日)の際には、榛名神社の御神体が本殿から神輿に移され神幸殿に遷座されます。

榛名神社の随神門(国指定重要文化財)

榛名神社の随神門

随神門は榛名神社境内に入り二ノ鳥居をくぐった正面に、弘化4年(1847)に建てられた八脚門です。神仏習合時代には運慶作と伝えられる仁王像が置かれた仁王門でしたが、神仏分離令により仁王像は焼かれ、現在は明治39年(1907)に祀られた随神像が祀られ随神門と呼ばれています。

文化財情報

  • 指定種別:国指定重要文化財
  • 名称:榛名神社(はるなじんじゃ)
    本社・幣殿・拝殿(ほんしゃ・へいでん・はいでん)
    国祖社及び額殿(こくそしゃおよびがくでん)
    神楽殿(かぐらでん)
    双龍門(そうりゅうもん)
    神幸殿(みゆきでん)
    随神門(ずいしんもん)
  • 指定年月日:平成17年12月27日
  • 所在地:高崎市榛名山町(榛名神社) 地図(地図情報システムを新しいウインドウで表示)

榛名神社の矢立スギ(国指定天然記念物)

榛名神社の矢立スギ

矢立スギは榛名神社の参道にあり、高さ55メートル、幹の周囲9.4メートルを誇る樹齢400~500年の巨木です。矢立とは武将たちが戦勝、領内安全等を祈願するために境内の木に矢を射立てる儀式のことで、榛名神社の矢立スギには武田信玄が戦勝を祈願して矢を射立てたという言い伝えがあります。

文化財情報

一宮家住宅(般若坊)主屋・長屋門(国登録有形文化財)

一宮家住宅(般若坊)

般若坊は榛名神社の門前町である社家町にあって、江戸時代後期に建てられた宿坊です。現在も榛名講が休憩・食事・宿泊をする宿坊として活用され、榛名講の宿坊との儀礼様式を今に伝承しています。長屋門は赤門と呼ばれ当時の佇まいを残しています。

文化財情報

  • 指定種別:国登録有形文化財
  • 名称:一宮家住宅(般若坊)主屋 (いちのみやけじゅうたく(はんにゃぼう)しゅおく) 一宮家住宅(般若坊)長屋門 (いちのみやけじゅうたく(はんにゃぼう)ながやもん)
  • 登録年月日:平成18年3月2日
  • 所在地:高崎市榛名山町

門倉家住宅(善徳坊)主屋(国登録有形文化財)

門倉家住宅(善徳坊)

善徳坊は榛名神社の門前町である社家町にあって、江戸時代中期に建てられた宿坊です。社家町に現存する宿坊の中では最も古い建物で、当時の社家町の景観を忍ばせています。

文化財情報

  • 指定種別:国登録有形文化財
  • 名称:門倉家住宅(善徳坊)主屋 (かどくらけじゅうたく(ぜんとくぼう)しゅおく)
  • 登録年月日:平成18年3月2日
  • 所在地:高崎市榛名山町

鐸木家住宅(本坊)門(国登録有形文化財)

本坊は榛名神社の門前町である社家町にあって、江戸時代中期に建てられた宿坊でした。大規模な建物で武家の利用もあったと推測されています。門の形式は薬医門と称するもので当時の面影を残しています。

文化財情報

  • 指定種別:国登録有形文化財
  • 名称:鐸木家住宅(本坊)門 (すずきけじゅうたく(ほんぼう)もん)
  • 登録年月日:平成18年3月2日
  • 所在地:高崎市榛名山町

榛名川上流砂防堰堤(国登録有形文化財)

榛名川上流砂防堰堤

榛名川上流砂防堰堤は、榛名川上流域にあり、昭和30年の竣工以来、半世紀にわたって地域の防災上きわめて重要な役目を果たしています。高さ17メートルの練石積粗石コンクリート構造の大規模な堰堤は、群馬県内に5基しかありません。当時、高度な石積技術が用いられたことがうかがえます。 この砂防堰堤は、榛名神社から榛名山へと続く関東ふれあいの道沿いにあり、周囲の渓谷景観と調和した練石積の外観が観光資源としての価値も見出されています。

文化財情報

榛名神社の鉄燈籠(県指定重要文化財)

榛名神社の鉄燈籠

榛名神社の鉄燈籠は元亨3年(1323)に新田義貞が寄進したと伝えられる県内最古の鉄燈籠です。現在は榛名神社の神楽殿の西前に建てられていて、笠の部分は後の補作とされています。 鎌倉から南北朝時代の質実剛健の気風にマッチしていたためか、この時代には仏像をはじめ鉄がよく使われています。

文化財情報

榛名神社文書(県指定重要文化財)

榛名神社文書は榛名神社の留守所下文をはじめとした十点の文書です。

中世の榛名神社の状況を示す貴重な資料です。 現在は榛名歴史民俗資料館で展示されています。

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関流算額文化八年銘(県指定重要文化財)

関流算額文化八年銘

関流算額は文化8年(1811)に石田玄圭一門が榛名神社に奉納したもので、門人の8人がそれぞれ一題ずつ自問自答した算題を書き記したものです。 江戸時代の和算は、西洋の数学に匹敵するほど高度な内容を持つものでした。群馬県でも藤岡の関孝和は、和算の大家として知られています。その関孝和の流れを汲む一門が榛名神社に二面の算額を奉納しています。 現在は榛名歴史民俗資料館で展示されています。

文化財情報

榛名神社の神宝殿(県指定重要文化財)

榛名神社の神宝殿(三重塔)

神宝殿は榛名神社の参道に立つ三重塔です。一宮外記が中心となり、多くの人々の寄進によって明治2年(1869)8月に竣工しました。慶応4年(1868)の神仏分離令で廃仏毀釈の運動が起こりましたが、三重塔は取り壊しの難を免れ、現在に至っています。県内で唯一現存する木造塔婆建物で、明治時代以降は神宝殿と称しています。

附の竣工碑は、神宝殿近くの参道沿いに位置し、神宝殿竣工時の明治2年8月に設置されたものです。

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榛名神社神代神楽(県指定重要無形民俗文化財)

榛名神社神代神楽

榛名神社神代神楽は榛名神社の神楽殿で奏上される神楽舞です。男舞22座、巫女舞14座の36座の演目があり、摺り足を基本とし、無言で舞われる独特の神楽です。2月15日の神楽始式、5月5日の端午祭と8日の神輿渡御祭で舞われるほかに、榛名講による奉納などで舞われます。

 

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榛名神社御旅所跡(市指定史跡)

榛名神社御旅所跡

榛名神社の御旅所跡は榛名山町字八本松の林中に二本の石柱と土壇が造られている場所です。御旅所とは秋の神輿渡御の時に行列を組んで神輿が渡った場所です。昔は隔年で行われていたそうですが明治39年(1906)の丙午大祭を最後に現在は行われていません。

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榛名山番所跡(市指定史跡)

榛名山番所跡

榛名山番所跡は榛名神社の裏手から榛名山へつづく関東ふれあいの道に建っています。榛名山番所の設置は寛永8年(1631)9月、廃止は明治2年(1869)1月という記録が残っています。信州大戸通りの裏往還の通行を取り締まっていました。

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榛名神社九折岩・鞍掛岩(市指定名勝)

九折岩

鞍掛岩

榛名神社境内には多くの奇岩があります。

そのうち九折岩は榛名神社の裏手にあり、岩が九十九折(つづらおり)の様に数多く折れ曲がった形をしています。

鞍掛岩は、参道を進み随神門をくぐりみそぎ橋を渡った右手にある岩で、石橋の様な形をしています。

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榛名神社萬年泉碑(市指定重要有形民俗文化財)

榛名神社萬年泉碑

榛名神社の萬年泉碑は榛名神社参道にある萬年泉という井戸のそばに建てられている元文4年(1739)6月の銘がある碑です。元来水源神の榛名神社への榛名講による雨乞の伝統は古く、干天が続くと榛名神社に参拝し、雨乞祈願後萬年泉から汲んだ御神水を竹筒に入れ帰村すると雨が降ると伝えられています。

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