俳人 村上鬼城

村上鬼城(むらかみきじょう)は、本名村上荘太郎、慶応元(1865)年7月江戸に生まれ、8歳のとき家族と一緒に高崎に移ってきました。

当初は軍人を志していましたが、耳が不自由になり断念し裁判所で働きながら正岡子規の弟子となり、俳句の道を歩むことになりました。

34歳の時『ホトトギス』という雑誌に初入選。それ以降、明治・大正・昭和を通じて全国で最も優れた俳人の1人として活躍しましたが、昭和13(1938)年9月17日市内並榎町の自宅で73年の生涯を閉じました。

浅間山 春の名残の 雲かかる かまきりに 負けてほえ立つ 小犬かな

高崎市にある指定文化財 市指定

養報寺の鬼城句碑

鬼城句碑

「小鳥この頃音もさせずに来て居りぬ」

清らかで、静寂な風景の中にいる鬼城の優しく、物静かなまなざしが感じられます。

耳が遠く、音のない世界にいた鬼城でしたが、世俗の苦悩や肉体の不自由さや不満も全く感じさせず、小鳥と一体になって遊んでいる様子がうかがえます。

碑は大正13年に建てられました。

文化財情報

高崎市にある指定文化財 市指定

村上鬼城の墓

鬼城の墓

鬼城は幼年時代に高崎に移り住み、73歳の生涯を終えるまで高崎で活躍しました。

鬼城の墓は竜広寺にあります。墓石の正面には「青萍院常閑鬼城居士」、右側面に「昭和13(1938)年9月17日歿、鬼城村上荘太郎。享年74歳」とあり、裏面に「昭和14年9月男信肇建之」と彫られています。

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