新堀城(多比良城)跡

高崎市にある指定文化財 市指定

 新堀城跡 新堀城(多比良城)跡 

多比良字中城にある。城は東は土合川、西は杉井戸川に囲まれた北にのびる舌状台の上にある。土合川からの高低差が50メートル位あり、支流の杉井戸川を遡った西に鬼ヶ原の外郭がある。城は南北250メートル東西200メートルの広さを持ち、本丸は東西80メートル、南北90メートルの方形に近い。東に堀を隔てて、東曲輪がある。南にも堀を隔てて、南曲輪があり、以南は城が腰曲輪に変わり、さらにその下3メートルに狭い腰曲輪がある。本丸の北端に坂戸口が食い違いに続き土合川にいたる。このあたりが城の水の手であろう。新堀城は平井城の別城で、また一郷山城は新堀城を主とする別城となっている。さらに瀬戸城-中ノ原城-平井金山城-平井城という堅固な城を形成した。永禄6年2月15日武田信玄に攻められて焼け落ちる。城主は多比良友定で長野業政とは従兄弟になる。新堀城は上杉家の宝物を収蔵しており武田にさらわれていては末代の恥となると、宝物を焼き捨て子女を自害させ城主多比良友定は割腹して果てた。城の南に普賢寺がある。比叡山延暦寺第13代天台座主(ざす)法坊尊意の創始である。永禄6年信玄により焼かれた。
主な地名としては、くぐりと、おくりんち、とのさま井戸等がある。

文化財情報

  • 指定種別:高崎市指定史跡
  • 名称:新堀城(多比良城)跡(にいぼりじょう(たいらじょう)あと)
  • 指定年月日:昭和46年6月29日
  • 所在地:高崎市吉井町多比良 地図(地図情報システム)

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