多胡館跡

高崎市にある指定文化財 市指定

 多胡館跡

多胡字元郷に町内最古の館跡「多胡館跡」がある。多胡丘陵の平坦地に築造され、東西110メートル、南北110メートルの広さである。西北・東北隅・東南に土塁、堀跡が残る。南面中央に正門・北面やや東寄りに裏門跡が認められる。館内の遺構の詳細は不明であるが、通路配置から多胡の集落は館を中心とした構成になっていたと思われる。

この館について、平成11年吉井町教育委員会の調査の結果、堀内下層より天仁元年(1108)の浅間山噴火の軽石層が確認され、築造年代に貴重な資料が付加された。

永治・康治(1141~1144)の頃、源為義の二男義賢(よしたか)(多胡先生(せんじょう)、木曽義仲の父)は、都より下って多胡館に居を構えたが、久寿2年(1155)大蔵館(埼玉県嵐山町)で討たれた。その後多胡氏が居館、永禄4年(1561)上杉謙信の『関東幕注文』に記される多胡氏は、鎌倉幕府に仕えた多胡氏の子孫であろう。戦国の世、西上州は三つ巴の戦の地となり、多胡館も放棄された。

文化財情報

  • 指定種別:高崎市指定史跡
  • 名称:多胡館跡(たごやかたあと)
  • 指定年月日:昭和52年3月24日
  • 所在地:高崎市吉井町多胡 地図(地図情報システム)

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