菅沼定利墓碑

高崎市にある指定文化財 市指定

 墓碑 菅沼定利墓碑 

隆興院玄太寺の本堂前にある。玄太寺の開基は菅沼定利である。法名隆興院殿広山玄太大居士。定利は、奥三河に生まれ幼名小太郎、清和源氏の名門源頼光の子孫である。定利の母は奥平氏の出で(奥平信昌の叔母)天正18年(1590)、徳川家康が関東領有の際、吉井領2万石に封ぜられる。定利に子がなく、奥平信昌の三男忠政を養子とするが忠政は美濃加納10万石に移封、定利は慶長7年10月22日(1602)没、故書に「大膳院亮様御石塔従往古有之余、粗相成付再修補」とある。墓碑銘「隆興院殿五位下前上 吉井領主広山玄太大居士。慶長7年10月22日。菅沼織部正源定用(さだもち)再修補焉、宝暦六丙子冬」とある。菅沼定用は徳川家譜代の臣である。

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