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第3回たかさき都市景観賞

ページID:0005232 更新日:2023年12月18日更新 印刷ページ表示

高崎白衣大観音

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所在地

石原町2710-1

所有者

慈眼院

選考理由

昭和11年10月に市内の事業家によって建立された、高さ約42mのもので、四季を問わず市民に親しまれている。桜の名所として知られる観音山丘陵に建っており、関東平野を一望することができる。また、電車や車で高崎に近づくと最初に目に入る高崎のシンボルで、市民に故郷を印象づけるものである。

清水寺の石段と山門

清水寺の石段と山門の画像地図

所在地

石原町2401

所有者

清水寺

選考理由

大同3年(808年)開基といわれる寺で536段の石段と朱色の山門(桜門)が山寺のわびた風情を感じさせる。この石段の両側は、春には桜、初夏にはあじさいの花が咲き、石段を上りつめた山門からは、烏川と高崎の市街地が一望できる。また、中心市街地からも参道や山門が観音山の中腹に一筋に見え、古くから観音山丘陵の風景となっている。

清水邸

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所在地

歌川町16

所有者

清水雪子

選考理由

明治時代初期から米穀商を営んできた商家で、1、2階に格子戸をはめ、大きな鬼瓦を持った重厚な母屋と連続したなまこ壁の土蔵など、高崎きっての大店の店構えを今に残している。このたたずまいは、商都高崎の繁栄を今に伝え、なつかしさや落ち着きを感じさせる風景となっている。

美峰酒類(株)のレンガ倉庫

美峰酒類(株)のレンガ倉庫の画像地図

所在地

歌川町1

所有者

美峰酒類株式会社

選考理由

昭和16年に、それまであった酒造会社を美峰酒類(株)がゆずり受け、焼酎の醸造を始めたが、このレンガ建物は、その以前から酒蔵として使用されていた。形もさることながら、赤レンガと黒い屋根瓦のコントラストが目を引く。レンガ建物がなくなりつつある昨今、貴重な存在となっており、人々になつかしさを与えている。

(財)山田文庫

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所在地

常盤町25

所有者

財団法人山田文庫

選考理由

旧中山道に面した所にある渋い色のレンガ塀は、大正時代、当時の当主が旧茂木銀行の高崎支店長をつとめたことから、塀を解体するおりに記念として九蔵町から移築したもので、長手の1段積と小口の1段積とを交互に積むイギリス積の工法で築造されている。土蔵は、和風図書館として地域の人たちに利用されており、敷地内の茶室を含めシンボル的な存在となっている。

重田邸

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所在地

柳川町14

所有者

重田精一

選考理由

蔵は大正8年以前の建築で、入母屋造りの母屋は、昭和3年に築造されたもので、当時の職人の心意気を十分に感じさせるどっしりとしたたたずまいで、羽目板や白壁の色合いが、長年の風雪に耐えてきた歴史を物語っている。このあたりは、明治時代になってから城内三の丸に居住していた武士たちが移り住んだ所で、当時からの建物がいくつか見受けられ、落ち着いた雰囲気の住宅地となっている。

高崎聖公教会

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所在地

山田町8

所有者

高崎聖公教会

選考理由

昭和4年築造の市内で最初の鉄筋コンクリート造の建物で、イギリス国教会の教会として建築された。鉄道の駅に近いこと、住宅地であることという立地条件をかなえる場所として、この地に建築された。当時、高崎の経済の中心は、九蔵町・田町界隈で、多くの人たちがこの異国文化を感じながら行き交ったと思われ、今でも当時の面影を残すなど、地域のシンボルとなっている。

須賀邸

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所在地

倉賀野町1170

所有者

須賀勝彌

選考理由

旧中山道倉賀野宿で河岸問屋を営み、脇本陣として使用された屋敷である。火災により当時の建物は消失したが、明治前半に現建物に建て替えられた。母屋は、1、2階の格子戸をはめた白壁の瓦葺きの建物で、屋敷内に豪華な庭園や土蔵と裏門を配するなど、堂々たる風格と歴史の重みを感じさせている。卯建(うだつ)を上げているこの建物を中心とした街道筋は、倉賀野宿の風情を今に伝えている。

日本化薬(株)高崎クラブ

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所在地

岩鼻町239

所有者

日本化薬 株式会社

選考理由

岩鼻代官所跡地に、旧陸軍造兵廠岩鼻火薬製造所の将校倶楽部として建設され、戦後日本化薬(株)の福利厚生施設として使用されている。下見板張りの外壁と上げ下げ窓が特徴の淡い水色に塗られた洋館風の建物は、当時の社交場の趣を今に伝えている。周囲の落ち着いた風景と建設の調和がすばらしく親しみのある景観となっている。

田口宅の長屋門

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所在地

下斎田町339

所有者

田口一之

選考理由

昭和13年に築造された両側に住居や作業小屋等の長屋を備えた長屋門であって、けやきの一枚板を使った豪華な門扉を持った重厚な建物である。戦国時代の下斎田城の本郭に位置し、屋敷の周囲に濠が回されている。また、小栗上野介が支配した知行所の名主としての歴史的背景も、景観を印象づける一翼を担っている。