箕輪城から高崎城への城移りは、地域ぐるみの大移動

高崎城乾櫓の画像

高崎城址乾櫓

井伊直政は、慶長3年(1598)、箕輪城から交通の要衝、和田の地への移城を決め、「高崎城」と命名、廃城となっていた和田城の遺構を拡張整備するとともに、遠構えと呼ばれる土塁と水堀に囲まれた広大な城下町の建設に着手しました。この移城は、武士だけでなく職人や商人、寺社仏閣など城下町全体が引っ越す大規模なものでした。箕郷町西明屋(みさとまちにしあきや)・東明屋(ひがしあきや)の地名は、引越しにより空き家ばかりになってしまった箕輪城下の様子が地名の起こりといわれています。

箕輪から高崎に町名が引き継がれた町

  • 連雀町
  • 田町
  • 紺屋町
  • 鍛冶町
  • 白銀町
  • 椿町
  • 鞘町

箕輪から高崎に移った主な寺院

  • 石上寺
  • 龍廣寺
  • 慈上寺
  • 正法寺
  • 大雲寺
  • 法華寺
  • 恵徳寺
  • 安国寺
  • 大信寺
  • 延養寺
  • 金剛寺

このページの担当

  • 箕郷支所
  •  地域振興課
  • 電話:027-371-5111
  • ファクス:027-371-5777