剣術の奥義を極めた上泉伊勢守信綱

剣聖・伊勢守の写真

上泉伊勢守の銅像(前橋市)

剣聖として知られる上泉伊勢守秀綱は、箕輪城主長野業政・業盛に仕え、その武勇は東国中に轟きわたり、長野氏十六槍(ながのしじゅうろくそう)の筆頭「上野国一本槍」と謳われました。『箕輪軍記』などの軍記物語では箕輪城下で道場を開き、大勢の門弟が集まったとされています。箕輪城落城後、伊勢守は武田晴信(のちの武田信玄)から仕官の誘いを受けますが、これを断り、諸国修行の旅に出ることを告げます。この時、晴信は自分の名から「信」の一文字を与え、以後、伊勢守信綱と改名したということです。信綱が編み出した「新陰流(しんかげりゅう)」は、柳生宗厳(むねのり)を通じ、徳川将軍家の剣術となりました。

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