若き城主業盛に遺言残す、死を悟った業政

遺言残す長野業政

箕輪城まつり 長野軍と武田軍の合戦

長野業政は死の直前に次の城主長野業盛を枕元に呼び、「わしが死んでも墓など作ってはならぬ。ただ埋めればよい。これからお前がわしに代わって戦ってくれ。武将である以上、討ち死にしても降参だけはするでない。」と遺言を残したと伝えられています。業政が病気で亡くなったのは永禄4年(1561)6月21日とされています。業政の死は秘密にされましたが、やがて武田信玄の知るところとなり、西上野への本格的な進出が始まりました。若き城主業盛は父の遺言を守り、孤軍奮闘し戦い続けました。

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