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高崎市
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中央地区


赤坂町山車 さるたひこ

「神像」は、猿田彦。
猿田彦は天孫降臨を先導して後に伊勢に鎮座した国つ神。
各地の祭礼で神幸式の先頭に天狗の面をつけて歩くのは猿田彦の姿であるが、赤坂町の人形は天狗の姿ではなく猿面に金の立鳥帽子を冠っている。
これは明らかに山王、つまり日吉神社の化身としての猿の姿を現わしているものです。

人形:黒川市五郎 作

山車:大正12年3月吉日製作

幕:波に海鳥と龍の刺繍

山車神像

常盤町山車 うしわかまる

「神像」は、牛若丸。
五条大橋で弁慶とたたかう牛若丸は、椎児姿に生絹(すずし)をかざしている。
山車の手すりの上に浮かぶ姿は、橋の欄干に立ち上がって見えるよう演出されている。

人形:亀屋甲齊清秀 作

山車:昭和57年10月吉日製作

幕:波に加茂川と孔雀の羽根

山車神像

歌川町山車 ふじわらのていか

「神像」は、藤原定家。
鎌倉初期の歌人、学者で新古吟和歌集の選者の一人。
正二位権中納言まで進み京極中納言と呼ばれ、歌人としては早熟の天才と呼ばれ、鎌倉時代の最大の歌人でありました。

人形:山本鉄之 作

山車:大正13年1月吉日製作

幕:荒波に飛び魚

山車神像

並榎坂下山車 こかじ

「神像」は、小鍛冶。
能楽五番目のもので、勅命により三条宗近は御剣を打つことになったが、相槌を打つものがいないため稲荷明神に祈誓をこらすと、童子が現れて剣の威徳をものがたり、力をかすよう告げる。
稲荷明神が現れて相槌を打ち名刀をこしらえるという物語で、その姿を人形に現わしたものです。

人形:山本鉄之 作

山車:昭和3年1月吉日製作

幕:波としぶきの刺繍

山車神像

柳川町山車 やまとたけるのみこと

「神像」は、日本武尊。
景行天皇の皇子、九州の地で熊襲(くまそ)を征した。その武勇が賞賛され、大和武の号を献じられた。
後に東国を平定し往途、駿河で天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)によって野火の難を払い、走水(はしりみず)の海では妃弟橘媛(おとたちばなひめ)の犠牲によって海上の難を免れた伝説上の人物。

人形:松崎福松 作

山車:大正13年5月吉日製作

幕:瑞雲と波に金の龍の刺繍

山車神像

新紺屋町山車 さんばそう

「神像」は、三番叟。
古来からの祝儀舞の形で、第一に千歳(せんざい)、第二に翁(おきな)、第三に式三番(しきさんば)という。
式三番は黒色尉の面をつけ扇と神楽鈴を持って舞うことを三番叟といい、この人形は歌舞伎に取り入れられたものを現わした。
昔、町内には芝居小屋などが多数あったため、芝居のこけら落としに必ず演ぜられる三番叟の舞姿が人形として選ばれた。

人形:作者不明

山車:大正13年10月吉日製作

幕:鶴と亀の刺繍

山車神像

寄合町山車 べんけいかんじんちょう

「神像」は、弁慶勧進帳。
鎌倉初期の僧で幼名を鬼若丸と言った。武蔵坊と号して比叡山西塔にいたが、武事を好み義経に仕えて名をなした。
この人形は歌舞伎・勧進帳の弁慶で誰を模したというものではなく、優しい庶民のアイドルとして現わしたものです。

人形:浪花屋 作

山車:大正3年10月吉日製作

幕:唐獅子牡丹に御所車

山車神像

田町(一・二・三丁目)山車 じんぐうこうごう

「神像」は、神功皇后。
仲哀天皇の皇后、天皇崩御の後女性の身で新羅を征した。
凱旋後誉田別皇子(ほんたわけのみこ)を筑紫で出産した。一種の母性信仰なのか、庶民に人気がある。

人形:松崎福松 作

山車:大正12年7月吉日製作

幕:波涛と松に梅の刺繍

山車神像

連雀町山車 ももたろう

「神像」は、桃太郎。
日本一の桃太郎、昔話の主題であり山車の人形が宗教的な祭礼とはかかわりなく、子供の娯楽と考えられており、鬼ヶ島から宝物を持ち帰ってくる強い桃太郎をアイドルとして選んだ。

人形:黒川市五郎

山車:昭和24年4月吉日製作

幕:ふくら雀の刺繍

山車神像


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