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歴史的景観建造物の登録制度について
市では、貴重な景観資源である歴史的な建造物を将来の高崎市民に引き継ぐため、「歴史的景観建造物登録制度」を設け、保全のための支援を行っています。
募集の時期は広報高崎および高崎市ホームページにてお知らせします。
登録の対象となる建造物
養蚕農家や町家などの住宅とそれらに付属する塀、門、蔵など、個人所有の建造物で、次の1から5のすべてを満たす建造物を対象とします。(社寺は除く。)
- 原則として、築50年以上を経過している
- 所有者に保全・活用する意思がある
- 老朽化が著しくなく、修復・活用が見込める
- 良好な景観形成に寄与している
- 国・県・市の指定重要文化財や登録有形文化財、景観重要建造物になっていない
※登録は現地調査および高崎市景観審議会の審議を経て市長が決定します。
保全・活用のための支援策
登録された歴史的景観建造物については、建造物保全のための無料相談を行います。
また、景観的に価値が高いと認められる歴史的景観建造物は「特定歴史的景観建造物」に認定し、外観修復工事にかかる費用(税抜き)の3分の2以内(限度額300万円)を補助します(特定歴史的景観建造物等補助金)。
※ただし予算の範囲内
所有者が行う建造物の管理
- 当該建造物の保全・活用に努めるとともに、破損・減失したときは、速やかに景観室に届け出てください。
- 特定歴史的景観建造物については、その現状を変更しようとするときや、所有者等に変更があったときにも景観室への届け出をお願いします。
特定歴史的景観建造物等補助金の利用者の声(令和元年~)
特定歴史的景観建造物等補助金を利用し改修を行った所有者の声を紹介します。
次の世代へと受け継いでいきます 細谷 洋子さん(本郷町)
この蔵・門・塀は大正時代から代々受け継がれてきたものです。亡くなった主人もそれは大切にしていました。傷んだ瓦のふき替えや、大雪や地震で壊れた個所の修復など、古い建物を維持するには手がかかりますが、これからも大切にしていきたいですね。この制度は、修繕費用の一部を助成してくれるので、本当に助かっています。次の世代にも建物をしっかり受け継いでいきますよ。
大正時代に建てられた蔵・門・塀。何代にもわたり守られてきた。
(広報高崎2023年7月1日号)
これからも大切に残していきたい 田中 芳美さん(棟高町)
この町家は明治時代に建てられたもので、表を商店、奥を住居として長年使用してきました。現在は家族が住居として使っていますが、屋根や外壁の傷みが気になっていたんです。そんなときに広報高崎でこの制度を知りました。建てられた当時の雰囲気を残したいと思い、屋根は建築当時の瓦屋根を再現して、外壁は昔ながらの下見板張りにしました。通りがかった人がきれいになった町家の写真を撮るなど、まちの人たちに楽しんでもらえています。この制度の利用が、町家を維持していこうと強く思うきっかけになりました。これからも必要な部分は直しながら、大切に残していきたいです。
明治時代に、糸屋兼住居として田町に建築された町家。まちが移り変わる中でも残ってきた貴重な建物。
(広報高崎2022年7月15日号)
次世代に残したいという気持ちがますます強くなりました 新井 信子さん(中室田町)
この長屋門は、200年以上前に倉渕の旧家から移築されました。両側の部屋は明治初期まで、飢饉に備えて食糧を備蓄するなど、共同の倉庫として地域のために使われてきたそうです。この制度を利用して、傷んでいた外壁の漆喰の塗り直しや板壁の張り替えを行いました。門がきれいになったことで、次の世代に残したいという気持ちがますます強くなりました。昔のように地域の人たちのために活用できないかと考えています。父をはじめ、先祖代々受け継いできた長屋門を、これからも大切にしていきます。
門扉の両側が部屋になっている門・長屋門。何代にもわたり大切に受け継がれてきた。
(広報高崎2021年7月15日号)
改めて蔵の価値に気付きました 竹内 和久さん(井野町)
蔵の傷みがひどくなってきて、取り壊そうかと考えていたときに、友人がこの制度を教えてくれました。外壁を漆喰で塗り直し、傷んだ瓦のふき替えもしました。きれいになった蔵の前で、孫が成人式の振り袖を着て記念写真を撮ったんですよ。「景色が良くなったね」「近くを通ると気持ちが良いね」と近所の人から声をかけてもらうこともあります。この制度をきっかけに、改めて蔵の価値に気付くことができました。これからも子や孫、その先の世代まで受け継いでいってほしいですね。
明治時代に国府地区から移築された蔵。まちが変わりゆく中で、100年以上受け継がれてきた。
(広報高崎2020年7月15日号)
見慣れた風景を未来につないでいく 後藤 孝さん(箕郷町善地)
古い建物を維持するのは大変です。蔵の老朽化が進み、取り壊すという選択肢もありましたが、一度壊したら再び作ることは困難だろうと。なにより、小さな頃から親しんでいた物が無くなってしまうのは寂しいものです。知人の紹介で補助制度があることを知り、外壁を漆喰で塗り直し、屋根も修理しました。きれいになった蔵では、孫が喜んで遊びまわっています。見慣れた風景を未来に残したいという気持ちが、つながってくれたらいいですね。
平成26年度に特定歴史的景観建造物の認定を受けた100年以上前の蔵と門。蔵は戦前まで穀物庫として使われていた。
(広報高崎2019年8月15日号)
特定歴史的景観建造物等補助金の利用者の声(平成27年~平成30年)
あと100年は残したい 永井 徳江さん(箕郷町富岡)
私が若い頃は、周りもみんな養蚕農家でした。今はほとんど建て替えて、残っているのは3、4軒でしょうか。母屋の東側の外壁を漆喰に塗り直しました。古い家を維持していくのは大変です。この制度で修繕の費用を補助してもらえたので、ありがたいですね。息子は今は別に住んでいますが、休みのたびに水回りを直したり傷んだ壁を補修したりしてくれて、いずれはここに住みたいと言っています。柱や梁もしかっりしているし、趣のある黒い板張りの天井も気に入っています。あと100年は住めるねって言ってるんですよ。
もうすぐ築110年になる養蚕農家。昭和40年代半ばまで養蚕を行っていた。養蚕農家の特徴であるやぐらと漆喰の白壁が周囲の景観に溶け込んで美しい。
(広報高崎2018年9月15日号)
これからも大切に守っていきます 福島 義人さん(箕郷町善地)
この家は明治初期に建てられたといわれています。古い家は維持管理が大変です。特に兜造りの大きな屋根は数年に1度手入れが必要でした。工事費用の助成のおかげで屋根をふき替えることができ、見た目もきれいになり大変助かりました。先祖代々受け継がれてきた家なのでこれからも守っていきたいです。
(広報高崎2017年9月15日号)
次の代に受け継ぐことが私の役目 矢島 滋樹さん(倉賀野町)
県外で暮らしていましたが、平成17年に戻ってきました。自分が生まれ育った家なので、昔のまま住みたいと手を入れました。古い家を維持するのは大変ですが、風が通って夏は涼しく過ごせるなどいい面もあります。昔はエアコンがありませんから工夫して設計されているんだなあと、改めて気が付くことも多いですよ。まち歩きの人たちがカメラを向けてくれるなど周囲から注目してもらえるのでうれしいですね。壊してしまうのは簡単です。守っていき、次の代まで残していきたいと思います。
旧中山道に沿って佇む、せがい造りの矢島家。建造は昭和8年ごろ。助成制度を利用し、母屋の壁と下屋、蔵の屋根、塀を改修。木製の塀は新しい木材に継いで改修を行った。
(広報高崎2016年8月15日号)
これからも安心して住み続けられます 原田 幹雄さん(八幡原町)
現在住んでいる母屋は、1889年に建てられたといわれています。古い家は維持していくだけでも一苦労です。さらに先の大雪により瓦や雨どいなどが損傷。その修繕にかかった費用を助成してもらうことができ、心強く感じました。受け継がれてきた家を大切に守っていきたいです。
(広報高崎2015年8月15日号)
守っていくのが務め 五十嵐 和子さん(東中里町)
私が子どもの時分には、いくつも土蔵があって、養蚕も盛んでした。今では、敷地内に母屋と門、それに蔵が一つ残っています。これまで壊れた個所があればその都度修繕してきました。新しいものはいつでもできますが、うちみたいな古い建物はもう同じようには建てられません。自分が生まれ育った家ですから、守っていくのが務めだと思っています。今後、できるだけ残していきたいと思います。
明治4年に、五万石騒動の大総代だった下中居村の造り酒屋佐藤三喜造宅を譲り受けて移築したもの。越谷根を2か所設けて養蚕住宅とした。現存する土蔵は江戸末期の慶応年間の建造。助成制度を利用し母屋の下屋を改修。
(広報高崎2015年8月15日号)