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暮鳥・文明まつり |
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暮鳥・文明まつりの概要高崎市文化協会群馬支部は、わが国を代表する詩人・山村暮鳥と歌人・土屋文明の命日が同じ12月8日であることに、深い縁を感じ平成3年から「暮鳥・文明追悼忌」として、旧群馬町内の小・中・高生の詩歌を募集し、文学の普及、振興を図っています。平成18年度からは事業の名称を「暮鳥・文明まつり」と改め、地域の活性化をめざした文化のまつりとして育てています。 山村暮鳥
略歴詩人 児童文学者として大正時代の文壇に、先駆的な役割を果たした暮鳥は、明治17年(1884)1月10日、棟高の農家に生まれた。本名は、志村八九十。その後、養子として木暮になり、結婚して土田姓に変わっている。恵まれない家庭に育ち、少年時代は生原に住み、苦学を重ねながら英語や漢籍を学び、堤ヶ岡小学校代用教員を勤めた。その後、キリスト教伝道師として 青森、秋田、宮城、福島、茨城に移り住んだが、結核を患い、大正13年(1924)12月8日、 大洗町で他界した。 【詩集】三人の処女、聖三稜玻璃、風は草木にささやいた、梢の巣にて、雲、月夜の牡丹、土の精神等 【童話・童謡】ちるちるみちる、万物の世界、葦舟の子、お菓子の城、少年行、鉄の靴、春の海のうた等 土屋文明
略歴歌人 万葉集研究者として文化勲章を受章した文明は、明治23年(1890)9月18日、保渡田の農家に生まれた。3歳の時から井出の伯父に預けられ、そこから上郊小学校、高崎中学校(現高校)に通う。そこで歌人の村上成之にめぐりあい、その紹介で東京の伊藤左千夫のもとで一高、東大に通うかたわら、アララギ派の歌人としての道を歩きはじめる。卒業後、諏訪、松本高等女学校の校長を歴任した後、教職を退き上京。アララギ編集・発行人として 万葉集研究者として、平成2年(1990)12月8日、東京南青山の自宅で満百歳の生涯を閉じる。 【歌集】ふゆくさ、往還集、山谷集、小安集、韮菁集、山下水、自流泉、青南集、続青南集、青南後集など 第21回暮鳥・文明まつり第21回となった今年の暮鳥・文明まつりには、短歌の部1,864作品、詩の部824作品の応募があり、4人の選考委員の厳正なる審査が行われ、短歌の部40作品、詩の部40作品、計80作品が入選されました。各部門の特別賞の作品を紹介いたします。 第21回暮鳥・文明まつり 募集要項
第21回暮鳥・文明まつり表彰式「第21回暮鳥・文明まつり」の表彰式が行われました。各部門の入賞者とそのご家族の方々が参加され、賑やかに開催されました。 表彰式当日は、文化協会群馬支部の会員の皆さんによって朝早くから式の準備が進められました。入賞作品を書いた会員手作りの短冊や色紙などが飾りつけられるとともに、会場の一角には菜の花や、文明邸から文学館の庭に移植された橙(だいだい)の実も生けられ、会場を訪れた方々は手作りのぬくもりに包まれました。
第21回暮鳥・文明まつり 優秀作品の紹介各部門の特別賞の作品を紹介いたします。 主催高崎市文化協会群馬支部 後援高崎市・高崎市教育委員会・群馬県立土屋文明記念文学館 問い合わせ群馬支所地域振興課 電話:027-373-1211 |
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