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21階展望ロビーアートワーク展

ページID:0033424 更新日:2026年3月23日更新 印刷ページ表示

市庁舎21階展望ロビーでは、高崎市にゆかりのある芸術家の作品を展示しています。およそ4か月ごとに展示作品を入れ替えています。

現在の展示作品

令和8年4月7日の午後1時から令和8年7月30日の午後1時まで、小峯 美恵子先生の作品を展示します。

展示作品一覧
No. 作品の名称 製作年

大きさ(号)

1

  こどものじかん
​「子どもの時間」

​2006年 145.5×112.0
2  どうくつのまち
​​「洞窟の街」
2018年 162.0×130.0
3 ​ はいきょのまち
​「廃墟の街」
2019年 162.0×130.0
4

 すなはま
​「砂浜」

2012年 91.0×72.7
5  あるくひと
​​「歩く男」
2024年 72.7×60.6
6  あまごいをするミイラ
​「雨乞いをするミイラ」
2025年 72.7×50.0
7  ​はくちゅうむ
​「HAKUCHUMU」
2022年 162.0×130.0
8   ら  まりおねっと  ふぁんたじーつー
​「La Marionette Fantasy II」
2024年 162.0×130.0
9  いしのこえ
​​「石の声」
2025年 162.0×130.0
10   まてーら  あおいそら
​「マテーラ 碧い空」
2015年 91.0×72.7

 

 石の声   

「石の声」

作家紹介

小峯 美恵子

出展作品

絵画

作家経歴

  • 1977年~現在
     ぐんま女流美術協会会員
  • 1977年~
    ​ 高崎市民展出品(審査員)
  • 1976年~
     群馬県展出品(途中10年間中断、2006年~現在まで出品)
  • 2006年~現在
    ​ 創元展出品

紹介

将来美術関係の仕事に就きたいと思っていた高校生の頃、近所にお住いの島崎庸夫先生に師事した。母方の祖父は群馬師範を出て教員をしていた人で、芸術にも幅広い知識を持っていた。そんな祖父と同じ学校で学びたいと私は迷わず群馬大学教育学部美術科を目指した。教師となり仕事と子育て家事に追われながらも絵を描きたいという私に、母は惜しみなく協力の手を差し述べてくれた。しかし、思う存分制作する時間は簡単には持てなかった。その後、認知症の母を自宅で介護し看取り、子ども達にも手がかからなくなった。これからは自分のやりたい事に本気で取り組みたいと、再び師の元を訪れ公募展への出品にも挑戦した。現在も、高校生の頃以上に暖かくも厳しいご指導をいただいている。これまで多くの方々に支えられ励まされて、途中止まることなく制作を続けてこられた。これからも更にじっくり己に向き合い焦らず、気負わず、観る人の心に染み入るような絵を描いていきたいと思っている。

展示作品紹介

創元展初出品の「子どもの時間」は、幼なかった頃の我が子を懐かしむ気持ちで描いた。初入選作が美術の窓に写真掲載され大変嬉しかった。その後、昔イタリアマテーラで洞窟入口にドアを建てかけ、貧しくも仲睦まじく生活していた人々の暮らしを知り感動した。子どもの頃高崎駅近くで両親と暮らした頃を思い出し、国は違っても温かい心で仲良く暮らす人の姿が我が家と重なり、懐かしい想いを抱きながら制作した。「砂浜」は私が制作する足元で幼い我が子が無心で絵を描く姿、自身も夢中で制作に取り組んでいた頃を思い出しながら描いた。「歩く男(ひと)」は桜散る頃の高崎公園の屋台の並ぶ裏手を散歩される、我が師島崎先生の姿を描いた。声を掛けられ「何?」と振り向いた瞬間である。「Hakuchumu」は出産を控えた時の歓びと不安を抱えた、自分とマリオネットを重ね合わせ、遠い昔に想いを馳せて表現した。「石の声」は昨年の創元展出品作で、高崎城址の石垣がテーマである。中学生の頃、毎日通学路で目にしていた石垣、何百年という年月を経ても変わらず凛とした風格に圧倒されつつも、年輪の重みを表現したいと挑戦した。「雨乞いをするミイラ」は5年前に手がけた作品だが、難しいテーマで筆が進まなかった。昨年改めてキャンバスに向かい、癌を患って逝った父の死の直前の姿と重ね合わせ、一気に完成させた。